意地悪上司は私に夢中!?
山道をどんどん下っていき、林が途切れたところでパッと視界が青くなった。

光が反射して、思わず目を細めた。


…海、だ…


決して南国のような綺麗な海ではない。

だけど日差しに照らされてキラキラ光り、白い波が揺れている。


駐車場から浜辺まではすぐそばだ。

永瀬さんの後ろについて、石段を一歩ずつ降りていった。

砂浜に着地したら、ミュールに砂が入り込んでさらさらと足の裏をくすぐった。

そのミュールを脱ぎ捨て裸足になると、さっきよりも感じる砂の感覚が、やわらかくて気持ちいい。

「…さすがにまだ人はいねえか」


静かな浜辺。

響く波の音。

誰もいない海。

浮かぶのはあの日の光景。

じわじわとよみがえってくるあの日の記憶。


「…どうした?」

涙が滲んでいる私に気づいた永瀬さんが近寄ってきた。

「…ごめんなさい。思い出しちゃって…
元カレが…結婚しようって言ってくれたのが、ちょうどこんな時期の、こんな感じの海辺で…」

目元を拭いながら答えた。

せっかく永瀬さんが連れてきてくれたのに、こんなの失礼だ。

「すみません。湿っぽくなっちゃって。
気にしないでください」

にこりと微笑んでみせたら、不意に海風が遮られた。

遠慮がちに私を包む温もりから、ふわりと甘い柔軟剤の香りがする。

「…ごめん」

消え入りそうな永瀬さんの声。

永瀬さんが謝ることなんか何もないのに。

永瀬さんの胸の中で、私は大きくかぶりを振った。

「ちょっと感傷的になっただけです。
もう本当は平気なんです」

龍二のことは、薄情なくらいにもう思い出すこともずいぶん減っていた。

それは多分、永瀬さんのおかげで…

今は不思議と、永瀬さんにこんなふうに抱きしめられていることに、心が温かくなっていく自分がいる。

Tシャツの胸にコツンと頭を預けた。

永瀬さんの心臓、ドキドキしてる。

多分、私の心臓も。



< 76 / 123 >

この作品をシェア

pagetop