風と今を抱きしめて……
 七月に入り日も長く、六時といってもまだ外は明るく蒸し暑い。



 足は、くるくる寿司へと向かっているものの、なぜ、自分が呼ばれたのか?


 真矢と一郎は、いったいどういう関係なのか?


 気になっている事が、頭の中で答えを出せずにいる。




 店の入り口に真矢と陸の姿があった。

 大輔は、あれから陸とは会っていない。


 久しぶりの陸の姿に走って駆け寄ろうとしたが、その横を一台のベンツが取り過ぎて止まった。


 運転席から体格のいい男が降りてきて来た。

 一郎の運転手、谷口良夫(たにぐちよしお)、もうすぐ五十歳になる元プロレスラーらしい。

 もう十年以上も前から一郎の運転手をしている。


 谷口は、さっと後部座席のドアを開けた。


 一郎が車から降りた。


 しかし、いつものスーツ姿とは違い、チェックのポロシャツにスラックスといったラフな格好をしている。



「じぃじ」

 大きな声で陸が一郎に駆け寄った。


 一郎は陸を抱き上げた。



「また、大きくなったな」

 陸の頬に自分の頬をすり寄せた。


「すみません。お忙しいのにいいんですか?」

 真矢が申し訳なさそうに一郎を見た。


「わしも、楽しみにして居るんだから気にしないでくれ」


 一郎は陸を下ろすと手を繋ぎ、店の中へと入って行った。



 大輔は慌てて「陸!」と声をかけた。


「おじちゃん」

 陸が笑顔で手を振る。


「久しぶりだな。元気だったか?」


「おじちゃん全然遊びに来てくれないんだもん。待っていたのに……」
 
 陸は、不服そうに頬をふくらませた。


「ごめん、お仕事忙しくて」

 まさか真矢に無視されていたとは言えない……


「気にするなぁ陸。あのおじちゃんちょっといじけておるんだよ。困った大人だねえ」

 一郎は大輔に目もくれず、陸とテーブルへと向かった。


 だったらなんで俺を誘ったんだと言いたかったが、大人気無いと思いやめた。


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