風と今を抱きしめて……
 テーブルには陸と一郎が並んで座り、保育園の話を一郎はうれしそうに聞いている。

 真矢と大輔が並んで座り、何故か運転手の谷口まで居る。


 陸が慣れた手つきでタッチパネルで注文している。


 真矢と一郎が生ビールを注文する声に、慌てて大輔も注文した。

 谷口はウーロン茶を注文した。


「遠慮しないで食べなさい。私が払うから」

 一郎が大輔と谷口の方を見た。


「ごちそうさまです。陸くん、マグロとエビとラーメン頼んで」

 谷口が、醤油を皿にだし、食べる準備を始めた。


「オッケー」


 陸が、タッチパネルで検索している。



 大輔は不思議な光景だと思った。


 一郎など高級な寿司屋で高いネタを嫌と言うほど食べているだろうに、くるくる回ってくる寿司を「陸、うまいな」と仕事では見せない笑顔で、おいしそうに食べている。


 大輔が、初めて見る一郎の笑顔だった。


 しかし、大輔は横に座っている真矢が気になって仕方無い。


 一郎に無理やり誘われたくるくる寿司だったが、プライベートで真矢と一緒に居るのは陸の入院以来だ。

 ビールを飲む真矢の姿に、心臓が熱くなるのを感じる。


 大輔は、一向に自分と目を合わせてくれない真矢に、怒っているのだろうかと切なくなってしまう。


「陸、サーモン頼んで」

 真矢が、壁に貼ってあるメニューを見て言った。


「俺も」

 大輔は、慌てて真矢の意識を自分に向けようとしたがスルーされた。


「僕にも二皿」

 谷口が、マグロを口に頬張りながら言った。


 谷口の前には皿が三十枚以上重なっていた。


 大輔は谷口の姿に、こいつが一番楽しんでいるのではないかと冷ややかな目で見てしまった。


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