風と今を抱きしめて……
「すみません、お待たせして」
真矢は、田口夫妻に駆け寄ると頭を下げた笑顔を向けた。
すると夫人は、
「今ね、あなたに初めて会った時の話をしていたのよ」
と何か言いたげにほほ笑んだ。
真矢は、チラッと大輔の顔を見ると、大輔はぷっと噴出した。
「どんなお話しをされていたのですか?」
真矢は、嫌な予感がして不安げな声が出てしまった。
「ほら、私たちが夫婦で温泉でも行こうかと思ってこちらに立ち寄ろうとした時、外であなたが店頭に置く旅行のチラシを風で飛ばしちゃって追い掛けていたでしょ?
主人の足元へ飛んできたチラシを拾って渡したら、あなた私たちを見て、グアムに行ってみませんか?って、私達とても驚いたのよ。
でも、あなたが海外旅行の楽しさや、グアムの素敵な所や、初めてでも安心して行ける事を熱心に話して下さって、帰りには、沢山のパンフレットもらって、久しぶりに主人とウキウキしながら旅行の検討したのよ。
まさか海外に行くなんて‥ あなたのおかげよ」
と夫人ほほ笑み、いたずらっぽい口調で話を続けた。
「そうしたらね、支店長さんが僕も彼女に初めて会った時、資料を追いかけて風に遊ばれていたっておっしゃるから、なんかした想像したら、おかしくて皆で大笑いしていたのよ。」
「たまたま、風が吹いただけです。いつもは落ち着いてきちんと仕事しておりますので」
真矢は大輔を睨んだ。
気持ちを切り替えるように、真矢は旅行の日程の説明を夫妻に始めた。
持ち物、出発時間の確認、まだ決めていなかった夕食のオプションの検討。
真矢は話を進めるが、大輔は席を立たずに真矢の説明を黙って聞いていた。