あなたの溺愛から逃れたい
「ど、どうしました? 若旦那様が清掃中の浴場になんて……」

「今は二人きり」

う……ここは〝創太〟って呼んで敬語をやめないと、会話を続けてくれなそうだ。


「そ、創太、どうしたの」

すると創太は唇を尖らせたまま、「何でさっき俺のこと避けたの」と聞いてくる。

やっぱり、その話だよね……。


私が創太に相応しくないから。創太は他の女性と結婚した方が良いから。
それを伝えるには、今は絶好の機会かもしれない。

なのに、どうして言葉が出てこないの……。


「ねえ、何で」

気が付いたら、私は浴室の壁と創太の間に挟まれていた。
創太の綺麗な右手が私の顎を持ち上げ、創太の端正な顔と視線を合わせられる。

いやでも、ドキドキしてしまう。


「……近くに、皆さんがいたし」

私って、弱い女。
本当のことが言えずに、つい嘘の理由を言ってしまった。


「誰も見てなかったよ」

「う、うん……」

「ていうか、もういい加減バレても良くない?」

「えっ」

「逢子の気持ちが固まるまでは俺から周囲に知らせることはしないけど、いつまでもコソコソして付き合いたくないし……」

そう言うと、彼は半ば強引に私に口付けた。
普段はこんな風にキスしてくること、殆どないのに。


「ふ、ぅ……」

舌が、口内を割って入ってくる。
浴場だからか、厭らしい水音がやけに響く気がする。


「創太、駄目……んっ」

制止の言葉も、彼の唇によって塞がれる。
やがてその口付けに脳内が痺れてくるような感覚に陥って、気が付いたら彼の背中に両手を回していた。
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