あなたの溺愛から逃れたい
「逢子、逢子……」

「創、太……」

何度も何度もキスを繰り返す内に、唇の感覚が分からなくなる。
ずっとこうしていたいーー。
別れを切り出さなければいけないと分かっていながら、どうしてもそう思ってしまう……。


その時だった。


「逢子ちゃん。いる?」

脱衣所の方から名前を呼ばれる。


こ、この声!


「は、はい! おります!」

一体どうして、ここに女将が⁉︎


創太の身体を剥がすと同時に、開いたままだった引き戸から女将がこちらへ顔を出す。


「あら。創太までどうしてここにいるの?」

キスを途中で中断されたからか、創太は女将の質問に「別に」と素っ気なく答えた。実の親子とはいえ、普段はもっと朗らかに接しているのに。仕事中ならば特に。


それにしても、女将と会うのは久し振りだ。と言っても数日振りくらいだけれど。

女将は現在は斎桜館のホテルの方で働いている。この旅館とは少し距離があるから、普段は帰ってこないのだ。

女将は創太と顔がそっくりで、とても五十代には見えない程に若く、美しい。

今日は優しい桜色の着物に身を包んでいる。


「こちらへいらっしゃるなんて、何かありましたか?」

そう問い掛けると、女将は小さく微笑んで、


「従業員も増えてあちらは何かと落ち着いているから、しばらくは創太の様子を見に、こっちへ帰ってくることにしたの」

そうなんですか!と声高に返す私とは対称的に、創太は面倒そうな顔で「そんなこと言って。親父と喧嘩でもしたんだろ」とボソッと返した。創太がこんな風に口が悪いのは、本当に機嫌が悪い時だけなんだけど、さすが親子と言うべきか、女将はそんな創太に一切動揺することなく、

「そんなんじゃないわよ。しかめっ面はおやめなさい」

と言い放った。
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