あなたの溺愛から逃れたい
若旦那様が樫本様に自己紹介をすると、お二人は僅かながらも目を丸くさせる。


「まあ……お若い旦那様というのは噂で聞いていたけれど、本当にお若いのね。二十代前半では?」

「いえ。今年で二十八になります。若輩者には違いありませんが、樫本様にはご満足いただけるよう、精一杯努めさせていただきます」

「まあ。それはありがとう」

若旦那様の甘いマスクと優しい言葉に、奥様が頬を染めて嬉しそうに笑う。

ご主人様も「おいおい、うちの妻を誘惑しないでくれよ」なんて言いつつ、楽しそうに笑う。
二人とも、想像以上に若い責任者の登場に、きっと一瞬戸惑っただろうけど、若旦那様の落ち着いた佇まいとその雰囲気に、すぐに安心したのだろう。


樫本様たちは、お部屋で少し休んだら旅館の近くをお散歩されに行くとのことだったので、私と若旦那様は持ち場へ戻ることになった。


「もし良ければ、後であのお二人に名所の案内でもしてやってくれないか? まだ昼間だし、この時間なら観光出来る名所はたくさんある」

旅館の長くて広い廊下を歩きながら若旦那様は、彼の少し後ろを歩く私にそう言った。


「はい。分かりました。私もあのお二人にご満足いただけるように努めさせていただきます」

「うん……ていうか」

若旦那様は、首だけチラッと私に振り返ると。


「誰も見てないよ」


その言葉に、思わずドキッとする……。


彼が言いたいのは〝近くには誰もいないのに、どうして敬語なの?〟ということ。
こういう状況で私が敬語を使うと、彼はいつもこう言ってくるのだ……。
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