あなたの溺愛から逃れたい
「い、いつも言っていますが、誰がどこで聞いているか分かりませんから……」

「ふーん。じゃあ」

そう言って、彼は私の右腕を引っ張り、柱の物陰に連れ込む。
そして。


「んっ……」

唇を重ね、何度も角度を変えて、味わうようにキスを繰り返す。

ーーこんな所で……いつお客様に見られるか分からないのに……。

そう思うのに、私はいつも彼の甘いキスから逃れられない。

それは単純に、私が彼のことを好きだから。


だけど。



「好きだよ、逢子」

嬉しいはずの愛の言葉を伝えられる度に、私の心はズシンと重くなる。


私はこの愛情から、いつか逃げ出さなければならない。

全国でも有名な高級旅館の若旦那を務める彼と、身寄りがなく住込みで働かせてもらっている仲居の私。

言うまでもなく身分が違いすぎる私たちが、何故この様な関係になっているのか。
きっかけは、もう随分前のことだ。
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