あなたの溺愛から逃れたい
その後、崎本様のお部屋を出て、廊下を歩いていると、創太が出くわした。


「お疲れ様」

「お疲れ様です。若旦那様」

そう言いながら、私は手に持っていた〝それ〟を慌てて自分の背中に隠した。

創太はそれを見逃さず、少し身体を傾けながら「何を隠したんですか?」と聞いてくる。

何でもないです、と答えるものの、再度「何を隠したんですか」と聞かれてしまう。

その口調で言われると、私もそれ以上誤魔化せなくて。


私はゆっくりと、背中に隠した〝それ〟を彼の前に差し出した。



「本?」

「うー……はい」


それは、私が先程自分の部屋から持ってきた、崎本様の小説。実は、どうしても我慢出来ずにサインをいただいてしまったのだ……。


私は、宿泊客の崎本様が、作家の岡崎先生だったということを創太に伝えた。


創太は、少々呆れた様子で私を見つめる。
それも当然だ。お客様がどんなに有名人だったとしても、サインをもらうだなんてミーハーなこと、本来するべきではない。


「珍しいですね。逢子さんがそんな行動するなんて」

「うぅ……」

創太の口調はあくまで優しいのだけれど、罪悪感を抱いているせいか、何となく咎められている気になってしまう。

だけど、そんな自分の感情とは裏腹に、本を持つ手には力が入ってしまう。


やっぱり、この本は手放したくない……!


「お願いします! 見なかったことにしてください!」

私は必死に創太にお願いする。


「私、本当に岡崎先生の大ファンなんです! この本を宝物にしたいんです! 見逃してください!」


すると創太は、

「仕方ないですね」

と言って、笑った。
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