その男、極上につき、厳重警戒せよ
急にひとりになって、寂しくて、怖かった。
もし社長が本当にお父さんだというなら、私はひとりじゃない。
お父さんだったら、呼んでくれるかもしれない。お母さんが呼んだみたいに。


「静乃って」

「え?」


深山さんの腕の中で、うっかり余計なことを言ってしまった。


「静乃って、もう一度誰かに呼ばれたかった……」


お母さんは、もう私の名を呼ばない。
写真を見て思い出を辿っても、それは記憶の中だけで、声に出して呼ばれることはもうない。

もう一度誰かに、愛情を持った声で名前を呼ばれたかった。


「……本当に回りくどい女」


呆れたような声を出す癖に、私の頭をなでる深山さんの手はあたたかく優しい。

今だけ。甘えてもいいかな。
私は少しだけ図に乗って、彼のスーツの襟をぎゅっと握る。


「……スーツ濡らすなよ」


そんなことを言いつつ、さっきよりも強く胸に頭を押しつける手は優しい。

母に寄りかかって生きてきた私は、やっぱりどこまで言っても甘えたがりらしい。

ちょっとだけよ。涙が止まるまで。
だってほかに甘えられる人が、今の私にはいないんだもの。


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