その男、極上につき、厳重警戒せよ
「どうして愛人になんかしたの? 母は誰より愛されていい人だったのに」
優しくて、美人で、たくましかった。
お母さんがいればそれでいいって、娘の私が思えるくらいに。
一番に愛されて、幸せになれるはずの人だったのに。
私の涙は頬を伝って、ぽたぽたとカーペットの床を濡らしていく。
社長は私に近づくと、ハンカチを差し出した。
こんな状態になっても抱きしめてくれようとしないことに、むなしさを感じたその時だ。
「ちゃんと説明してあげてくださいよ、遠田社長。何のためにこんな出向話を仕立て上げたんですか」
背中から、深山社長の声がした。
「ああ。深山くん」
「口下手にもほどがあります。商談はうまいくせに」
「そうは言ってもな。なんというか、感無量で。……だってこんなにそっくりだから。攻(こう)に」
「……え?」
こう?
私は思わず顔を上げた。戸惑うように黙る社長に変わって、説明してくれたのは深山さんだ。
「咲坂さん。遠田社長は君の父親じゃない。正確には、君の伯父にあたる」
「伯父?」
「君の父親は、遠田攻(とおた こう)。彼の三歳違いの弟だ」
血の気がすっと引いていくのが、自分で分かった。
そうか。だったら当たり前だ。
血は繋がっているとはいえ、正式に結婚したわけでもない弟の子供。そんな娘に、声をかける必要なんてない。お母さんのお葬式に来ないのも、当たり前だ。