その男、極上につき、厳重警戒せよ
彼女に案内されて通された部屋はもぬけの殻だ。
「桶川さんはまだいらしてないんです。中でお待ちください」
じゃああいつはいったいどこからかけてきたんだ。何もかも仕組まれていたようでイライラしてくる。
俺が不機嫌さをあらわにしていると、彼女は口もとに微笑みを浮かべたままそっと湯呑を差し出す。
どうやらいつの間にかお茶を入れてくれたようだ。
そつのない動き。服装のせいか表情も引き締まっていて、以前よりクリアな瞳をしているような気がする。
彼女は俺の視線を受け止め、バツが悪そうに笑った
「……言っておきますけど、私も知りませんでしたからね。多分、高井戸さんと桶川さんがグルだったんではないですかね」
「高井戸さん?」
「彼女にだけは、携帯の番号を教えていたんです。時々、連絡をくれて、近況なんかを話していました」
なるほど。高井戸さんか。
小さい彼女は人に警戒心を与えないところがある。
「あとはうちのババアな」
お互い別に暮らしているんだから、そんなに話もしないけど、彼女が勤めたことくらい教えてくれてもいいだろう。
けれど、咲坂がここを職場に選んだということは、いつかは俺に会うつもりがあったっていうことだ。
それが分かっただけで、強気な自分が戻ってくる。
「今日は何時に終わる? 十二時間以上は待たない」
「二十二時には、片づけまで終わります」
「じゃあその後はあけとけ。知り合いのやっているバーに行こう」
「飲むんですか?」
「もちろん。もう仕事上のしがらみもない。女を落とすときは、こんなかしこまった店じゃなくて、それに向いた場所に行かないとな。言っておくけど、俺はもう充分待ったからな。これからは強引にいかせてもらう」
「……私は、こんなに早く会えるとは思ってなかったです」
結局待っているほうは時間が長く感じるということか。
苛立ちを通り越しておかしくなって笑うと、彼女は困ったように小首を傾げた。
俺はそんな彼女を見つめ、たった一言に思いを込める。
「……会いたかった。俺をこんなに振り回す女は初めてだよ」