伯爵令嬢シュティーナの華麗なる輿入れ
 ふたりは、引き続き廊下を静かに進む。シュティーナは、小さな声でイエーオリに呼びかける。

「イエーオリ、お父様は眠ってる? あなたは今夜ちゃんと休めるの?」

 心配のあまり矢継ぎ早に質問をしてしまう。シュティーナを見たイエーオリが微笑むが、なんだか寂しげだった。

「伯爵様はお休みです。やはりお疲れのようでしたし。わたくしはシュティーナ様を送り届けたら……ありがとうございます」

 シュティーナは、子供の頃からそうしているように、イエーオリの袖をぎゅっと掴んだ。そして付いて歩く。この安心感は、いつまでも同じだと思っていた。

「イエーオリ。迷惑ばかりかけたね。その……ありがとう」

 ランプが揺らめくのに合わせて動くふたりの影。

「イエーオリが大好きよ」

 そう言うと、昔からイエーオリは嬉しそうに笑ってくれた。

「わたくしが手引きできるのは、今日までです。お嬢様、お幸せに。イエーオリはずっとずっと、シュティーナ様のことを祈ります」

 シュティーナは、イエーオリの眼鏡レンズに反射して揺らめくランプの炎と、優しい瞳に、温かさと切なさを見た。イエーオリも大事な家族だ。

 しばらく歩いて、とある大きなドアの前に立ち止まる。

「ここです。殿下が中でお待ちですよ」

 イエーオリがノックをし「お連れしました」と静かに言うと、シュティーナを促した。掴んでいた袖を離す。

「おやすみなさいませ。シュティーナ様。また明日」

「ありがとう。また明日」

挨拶を終えると、ドアが薄く開き、サネムの青空色の瞳がシュティーナを認めた。シュティーナの心がふわりと温かくなる。

「イエーオリ殿、ありがとうございました」

「いいえ……それでは、失礼いたします」

 サネムはシュティーナの手を取り部屋へ入れた。後ろ手でドアを閉める。そして、静かな足音がドアの向こうから遠ざかっていった。


「ごめん。離れていたくなかったんだ。今夜、一緒に過ごしてもいいだろう?」

 どう返事をしようか迷っていると、サネムは少し乱暴に、シュティーナを抱き寄せた。

「会いたかった」

 すっぽりと腕に包まれたシュティーナは、サネムの匂いを吸い込む。甘いような、安心する匂いだ。

「さっきまで一緒でしたでしょう。……殿下」

「殿下なんて呼ばなくていい。ちゃんと名前を呼んでくれ」

「サ……サネム」

 シュティーナがそう呼ぶと、サネムが優しく唇を重ねてきた。長くて、呼吸が苦しくなる。

「ふ……」

 唇が離れたと思ったら、サネムはシュティーナをひょいと抱き上げ、入口から移動する。急に高くなった視点に戸惑うが、薄暗くされた部屋が、シュティーナが与えられた部屋よりも広いことが分かる。

「ここ、あなたの部屋……」

「そう。俺がいない間もそのままにしてくれていたんだ」

 壁に大きな本棚があり、本がギッシリ詰まっている。『本が好きで鳥や花を愛し慈しみ深いサネム王子』という噂は間違っていなかったのだなと思った。

「ここは俺の部屋だけれど、スーザントにちゃんと家がある。小さいけれど」

「あのお店に住んでいるわけじゃないものね」

「海の近くだよ。スーザントの端に砂浜になっている部分があるだろう。そこの近くだ」

「わたし、そんな場所があるなんて知らなかった」

「大丈夫。これから連れて行ってあげる。どこにでも一緒に行こう」

 サネムはシュティーナを抱いて移動し、寝台に降ろす。シュティーナは鼓動が速くなるのを感じる。

(やっぱり、こういうことよね)

 そういえば、自分が寝間着のままで来たことをいまさら思い出す。




< 41 / 44 >

この作品をシェア

pagetop