夢愛


学校生活の一日が終わりに近づく昼休み
わたしは一旦雛乃とは別行動で食堂で買ったパンを食べようと屋上に向かった。
階段を上がる一歩前の曲がり角で自分とはかなり身長差のある男の人とぶつかってわたしがよろけてしまった。
「おっと、ごめんごめん。大丈夫?」
低くて甘い声。少し癖のある声に何故か違和感を感じて上を見上げると
「ケガ、してない?」
なんともな出会い。……名前なんだったけ?
キラキラと眩しい笑顔で敵意の無さそうな感じでにっこりしてる。
真っ黒で他の何も受け付けない黒髪と黒目。黒髪……癖っ毛だけど、さらさらしてそう。肌は小麦くらい。肩幅も広くさっきぶつかっただけで硬かった筋肉……強そうだけど優しそうなオーラがある。しかもこの高身長。


なんでかな。
すごく、懐かしいような……?


「ごめんなさい。前見て歩きます。」
そう言ったわたしの手を掴む掌は大きくて包み込まれてしまった。
「……お前、名前は?」
さっきの優しげなオーラはなくて、どこか真剣味が、ある目付き。
……ていうか、目付き悪。
「別に、名乗らなくてもいいと思うんですけど。」
「なんで?」
やけにしつこい奴だな。と思ったけどもう少し冷たくすればどっか行ってくれるかも。
「だって、どうせこれっきりですよね。あなたと次会う時はたまたますれ違った時くらいですよ。」
これでいいかな。そう自分で確信した時にクスッと小さく笑ったこの人は「キミ面白いね」と言って手を離してくれた。
「じゃあ、毎日会って毎日話しかければいつか教えてくれるんだ?」
「……え」
なに言ってるんだろうこの人は。
「じゃあ、キミの名前ちゃんとキミの口から聞くまで待ってるから。……あ、俺は神崎麗苑っていうの。よろしく〜」
あー雛乃が言ってた先輩か。などと思うことがたくさんあり過ぎて神崎先輩がどこかに行ってしまうのを無意識に引き止めていた。
驚いている神崎先輩の目を見てわたしもなんで引き止めたんだろうと驚いてしまう。
「えっと……ま、毎日話し掛けてくるとか凄い困るっていうか、迷惑なんでやめてもらえますか?」
とっさに出てきた言葉がいつもの悪い癖のある毒舌ぶりだった。
いつもならしまったとかまずいかなと思う所だけどこの人にはそれを感じなかった。
「へぇ〜メガネちゃんほんっとにさ〜」
「メ、メガネちゃん……?」
「そこまで言われるのメガネちゃんが初めてだわ。やっぱ俺今すぐ知りたいな〜」
わたしが神崎先輩の腕を掴んでいたその上からまた腕を掴まれる。その大きな掌にやっぱりビックリするけど抵抗する気にはなれない。
「ねぇ、ダメかな?」
頭のすぐ上から聞こえてくる癖のある甘い声に思わず身体が跳ねてしまった。
「ゆ、夢月……むう、です。」
とりあえず今はこの状況から逃げ出したくてもういいやと諦めがついたのかもしれない。しかも、この人に逆らう勇気も無かったし。
「ふぅん……夢月ねぇ……教えてくれてありがとね、むうちゃん」
「その呼び方はやめてください。」
「えーいいじゃん。」
「下の名前で呼んだら絶対返事しませんから。」
やっぱり、わたしはこうやって可愛くない返事しかできない。わかってるし、かわいいとか思って欲しいっていうのは求めていない。
「じゃあ、友だち待たせてるんでさよなら。」
「もう行っちゃうの? 寂しいな〜」
「先輩も早くどっか行ってください。」


「あ、来た来た。むうー何してたのー?」
やっとの事で屋上まで来たわたしにパンを咥えながら手を振る雛乃。
さっきの出来事を話すと雛乃はしばらく目を見開いていた。
「ちょっ、え、えーー!! むうさっきまで麗苑先輩と一緒にいたの?! マジで?! うわ、いーなー。」
「いや、たまたま会っただけなんだけど」
「だとしても、だよ!」
若干興奮気味の雛乃は大声で話を進める。
「あの、麗苑先輩が話し掛けてくるって言うこと自体有り得ないんだよ! しかもそんな乙女ゲーみたいな展開ふつーはないし、大体ぶつかって名前聞かれて腕掴まれてとかないないないない。凄いよむう!」
「へ、へぇ〜……」
まったくわからない。今彼女の中で一体どんな解釈があったんだろうか。
「とにかくだよ! 麗苑先輩とそんな感じになるのむうくらいだからね。3年生の先輩たちもまともに話しかけられるどころか話しかけることすらできてないんだよ!」
「そーなんだー」
「だからね、ちゃんとこの機会を無駄にしちゃダメだからね!」
「うん。とにかく落ち着こう。ね?」
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