千の春
「スタンウェイが、2台」
「・・・金持ち」
1台軽く1000万円を超えるピアノを2台。
岬の心に腹立たしさが蘇ってくる。
千春はようやく状況を飲み込めてきたのか、嬉しそうに岬と距離を詰めてくる。
「来てくれるのか?」
「気が向いたから」
「なぁ、あれ弾こうぜ!アイネクライネナハトムジーク!」
「絶対ヤダ」
なんであんたと連弾しなきゃなんないのよ、と冷たく言っても千春は笑うだけだった。
その顔が岬の脳裏に印象強く残る。
ふわふわとした、春の気候をそのまま体現したかのような笑みだった。
放課後になり、お互い駐輪場から自転車を取ってきて正門で落ち合った。
青いマウンテンバイクに乗った千春がゆっくりと漕ぎ出す。
岬はその後を、間隔を大きめにとりながらついていった。
空気は肌寒いのに、体に降り注ぐ日光は暖かい。
そんな、春の陽気だった。