千の春





千春の家は想像通り大きく、3階建ての洋風な家だった。
なぜか2階部分にバルコニーがあり、そこでお茶でも飲んでみたらきっと映画のワンシーンのようになるだろうなと思った。
庭は意外と狭かったが、岬には名前もわからない花が咲き乱れている。
華やかだったが、花にとっては狭そうだ。

宣言通り、千春の家ではただピアノを弾いていた。ずっとだ。
はじめはお互い肩慣らし程度に好きな曲を演奏していた。

技巧曲で千春をアッと言わせてやろうかと息巻いていた岬だったが、千春に技術で挑んでも意味がない気がしてやめた。
彼の武器はその奔放さ、演奏から溢れ出る熱量だ。
人を惹きつけるそれは、技術ではない。
もっとこう、情緒とか感受性とかの、抽象的な話だ。

それに勝つためには、私はどうすればいいのだろうか。
岬が弾きながら考えていたら、千春が楽しそうに声をかけてきた。


「コンソレーション3番、弾いてくれよ」


春だったからか。
千春が嬉しそうだったからか。

絶対弾いてやるもんかと思っていたリストも、弾いてもいいかなと思えた。
コンソレーション3番、慰め、透明感。
岬が弾いている間、千春は満足そうにしていた。






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