千の春








「亡霊に取り付かれるほど、繊細じゃないの」


それだけ言い残して、岬は日向の手を振り払った。

席を立ち、トレーを片付けに行く。
喉の奥に唾がたまって、気持ち悪くて仕方なかった。


高校3年生の春。
千春は、ある日ふと居なくなってしまった。

はじめは家出かと思われていた。
けれど、千春のカバンが隣町の神社の境内で見つかり、警察が誘拐の線も含めて調べ始めた。
芳しい成果はあげられなかったが。

千春が居なくなって5日くらい過ぎた頃には、周りも不安な空気になっていった。
もしかして、彼はもう、そんな空気だった。

将来を期待されていた天才の突然の失踪。
ニュースでは大々的に取り上げられ、一時は大きな騒ぎだった。

もちろん、岬も千春に関しての情報を聞かれた。

最後に見たのはいつだったか、とか。
何か相談はされなかったか。
彼が行きそうな場所は。
岬は警察の質問に答えながらも、どこかで感じていた。

千春はもういないんじゃないかと。
勘でしかなかった。
春の嵐のように突然岬の前に現れた千春。

いなくなるのもきっと、桜が一瞬で散るように、パッと消えるように、いなくなるのだろうと。
なんとなく、今がその時なんじゃないかと思っていた。

それから、警察の必死の捜査もむなしく、千春は見つからなかった。

千春が居なくなって10日後。
彼はひょっこり、体だけ戻ってきた。

千春のカバンが置かれていた隣町の神社の鳥居の下に、冷たくなった千春がいた。
早朝ランニングをしていた人が第一発見者だったらしい。

微笑んだまま冷たくなっていた千春に外傷はなかった。
体のどこにも悪いところはなく、ただ心臓は止まっていた。

結局、死因はわからず、不審死という結論が出た。






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