契約書は婚姻届
「……はい」

向こうにいるからか、いつもよりドイツ語の多い尚一郎がなにを云っているのか半分もわからない。

それでも、淋しがっていることだけはわかった。

じわじわと浮いてくる涙を、慌てて拭う。

「早く帰ってきてくださいね、尚一郎さん。
待ってます」

『早く帰るよ、MeinSchatz。
……Ich liebe dich』

「私も尚一郎さんを……愛してます」

『うん、じゃあ、また』

「はい、また」

切りたくない、けれどいつまでも話しているわけにはいかない。
後ろ髪を引かれる思いで電話を切る。
また浮いてきた涙は拭って顔を上げた。
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