契約書は婚姻届
「朋香さんは昨日あんな経験をされて、それでも本邸に戻りたいと?」

まるで珍しいものでも見るかのように尚恭の、眼鏡の奥の目がぱちくりと一回、大きく瞬きした。

「戻りたくはないですけど。
でも、それが私に命じられたことだったので……」

結局、逃げ出したようになってしまったのは、腹立たしくもある。
いまごろ、自子など喜んでいるのではないかと思うと特に。

「朋香ってほんとにけなげだわ。
尚一郎の嫁にしておくのがもったいないくらい」

「確かに。
私がもう十ほど若ければ、放っておかないのに」

「え、えーっと……」

ふたりにうんうんと頷かれても困る。

「もうあそこに戻る必要はないですよ。
朋香さんには月曜から、私の秘書として働いていただく予定ですから」

「はい?」
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