契約書は婚姻届
あれだけのお金があればなんとかなるんじゃないか。
それに足りなくてもあと二回、同額の振り込みがあると羽山は云っていた。
それだけあれば、間違いなく足りるはず。
けれどあれは尚一郎が手切れ金としてよこした慰謝料で、手を着けないと決めたのだ。
でも、このままでは工場は潰れてしまう。
しかし……。

しばらく悩んだあと、朋香は自分の通帳をテーブルの上に乗せた。

「お父さん。
このお金、使って欲しい」

「娘に頼るわけにはいかない。
それに悪いが、おまえの貯蓄程度でどうにかできる額じゃない」

「いいから、見て」

無理矢理、押しつけられた通帳を開いた明夫は、目玉がこぼれんばかりに大きく見開き、何度も視線を通帳と朋香の顔のあいだに往復させた。

「尚一郎さんからの慰謝料だって。
受け取るつもりはなかったの。
でも、返せないらしいから工場のために使って」
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