君はガーディアン ―敬語男子と♪ドキドキ同居生活―
 無事に、身分証を確かめさせてもらって、(普通自動車だけでなく、中型二輪と、大型もあった、しかもゴールドだ)私は、父の息子、黄金川礼門氏と、彼の付き添いだという青竹征治(あおたけせいじ)氏を部屋に入れた。

 母の遺骨に、まずは挨拶させて下さい、と、黄金川氏が言うので、引っ越し用のダンボールの上に布を敷いただけの、簡易な祭壇に置かれた遺骨と遺影を示すと、黄金川氏は、線香をあげて、手を合わせてくれた。

 さすがに財閥の御曹司ともなると礼儀正しい。

 父の愛人への礼儀も欠かさないという事か(戸籍謄本を確認していないので、間違った認識の可能性もあったが、私が知り得た情報から推理する限り、母が正式に父の妻だったとは考えにくい)、と、思いながら、私はキッチンで、ペットボトルの緑茶を、とぽとぽと紙コップに注いだ。

 明日には、引っ越し業者が来るため、既に梱包を終わらせていて、茶器が無かった。ペットボトルの緑茶も、注いだ分で最期だったので、少しばかりなみなみ注がれている感じになっている。

「どうぞ」

 と、別のダンボールの上に、トレイにのせた紙コップを置いて、黄金川氏と青竹氏にお茶をすすめた。

 黄金川氏は、色が白く、髪の色も少し色素が薄い。つまり、私の母の容貌に少し似ていた。母は、日本人離れした顔立ちの美人だった。私は、あまり母に似ておらず、純和風の顔立ちで、髪も真っ黒、かつ、極太で固い。ふわふわの母の髪がうらやましかった。

 父の好みなのか、正妻さんの容貌は、母に似ているのかもしれない。

 一方、青竹氏の方は、上手に風貌を説明する言葉が見つからないが、長身で、鍛えられた体躯。シャープな印象で、どことなく、犬のシェパードを思わせる風貌だった。黙っていると、TVドラマに出てくるヤクザの若頭のような雰囲気だ。

 鋭い三白眼は、ちょっと殺し屋っぽくもある。これは、背後に立ったらダメな人そうだ。と、思った。

「ありがとうございます」

 お茶を出すと、黄金川氏は、普通に紙コップをとって、一口飲んだ。

 あ、別に毒味、とかはしないのか。我ながら、少しドラマの見過ぎかもしれない。

「この度は、生前母がお世話になりまして……」

 と、弔問対応の通りいっぺんの挨拶を私が口にしかけると、

「待って下さい、姉さん、そんな、他人行儀だなあ、あ、足、崩してもいいですか?」

 やけにフランクに黄金川氏が話しかけてきた。

「あ、はい」

 やはり、他人行儀に私が答えると、

「あー、もしかして、母さんから聞いてませんか? 僕の事」

 母さん? 黄金川氏の母さんというと、父の正妻さんの事だろうか。こっちは、つい最近まで父の存在も知らなかったのだから、正妻さんと会ったことも無ければ、話をした事も無いのだ。

「ええ、そうですね、聞いてないです」

 我ながらちょっとぶっきらぼうかな、と、思いつつ答えると、黄金川氏は落胆したようにため息をついた。

「……そっかあ、ひどいなあ、母さん、たった一人の、血の繋がった姉に、存在すら知らされてなかったなんて、僕、すごくショックだ」

 ちょっと待て、今なんつった?

「え? 母は、愛人だったのでは?」

「違いますよう〜、僕の父は黄金川志門(こがねがわしもん)、母は、黄金川麻耶(こがねがわまや)、旧姓、白梅麻耶(しらうめまや)、あなたと僕は、一つ違いの姉と弟です、素子姉さん♪」

「は?」

 私は、この時、多分ひどい顔をしていたと思う。イケメン二人の前だが、特にとりつくろう必要はないだろう、何しろ、一人は私の弟らしいのだから。

「若、そろそろまずいです」

 突然、青竹氏が割って入ってきた。うわー、この風貌で『若』とか口にすると、いっそう若頭っぽい。

「え? もう? しょーがない、姉さん、行くよ」

 黄金川氏は立ち上がり、母の遺骨と遺影、位牌をかばんに詰め始めた。確かに、私は、引っ越しの時に、遺骨などをしまう為に大きめのかばんを横に置いていたけれど、勝手知ったる他人の家? いやいや、何してんの、この人。

「ちょ、待って、行くってどこへ」

「姉さんの新しい家」

 新しい家、単身者向け、入居者女性専用のアパートは、職場の近くに借りているけれど、黄金川氏は私の新住所も知ってるのだろうか?財閥の情報網? 個人情報だだもれ? こわっ、なにそれ、こわっ。

 私がおろおろしていると、黄金川氏は、母の遺骨を持ってつぶやいた。

「母さん、こんなに小さくなっちゃったんですね……」

 しみじみとそう言う彼は、とても哀しそうで、ああ、私は、ずっと母さんと一緒に居たけど、彼はそうじゃなかったんだよな、と、思って、少しだけ胸が痛んだ。

 そうして、青竹氏に促され、アパートを出ようとしたところで、白い虎が現れたのだった。
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