【長編】戦(イクサ)林羅山篇
偽名
 慶長七年(一六〇二年)十月
 二十一歳の若さで狂い死んだと
される小早川秀秋は京の町家、林
吉勝の屋敷にかくまわれていた。
ここで筆頭家老だった稲葉正成と
再会した。
「殿、手はずは全て整いました。
殿の子らは木下家に身を寄せてお
ります。家臣らも殿が狂い死にし
たことで同情が集まり、それぞれ
の居場所を見つけるめどがつきま
した」
「それは良かった。ところで杉原
親子はどうした」
「二人とも私のところにおりま
す。ご安心ください」
 秀秋と正成はやっと笑みを浮か
べた。そこにこの家の主、吉勝が
入ってきた。
「これはこれは、なにやら楽しそ
うですな。殿のそのようなお顔は
始めて見ました」
「殿ではありません。父上の子で
す」
 秀秋が自分をまだ養子にしたこ
とに慣れない吉勝に言った。
「そうでした。はははははっ」
 正成が疑うように言った。
「他の者はどうじゃ。はよう慣れ
てもらわんと困る」
「私の弟の信時が殿の実の父にな
るのは良いとして、その子の信勝
がややこしい。殿が信勝になり、
本当の信勝が殿の弟の信澄になる
と…。あれを説得するのは骨が折
れた」
「難渋させました。すみません」
 秀秋が頭を下げると、少し緊張
しながらも父らしく吉勝が言っ
た。
「よいよい」
 正成がわって入った。
「その信澄は長崎から帰ってきた
か」
「はい。もうそろそろこちらに参
ります」
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