【長編】戦(イクサ)林羅山篇
家康の布陣
 この戦に正成は松平忠昌の補佐
役として付き従っていた。
 忠昌はこの年に十九歳で元服し
た初陣で、緊張から顔面蒼白に
なっていた。
 正成の主君だった小早川秀秋が
関ヶ原の合戦の時も十九歳だった
が、幼い頃から豊臣秀吉に戦に連
れ出され、朝鮮出兵では勇将に引
けをとらない戦いぶりをしていた
ので、悠然としていた。どうして
も比較してしまう自分に苦笑いし
た。
 正成は忠昌の騎乗する馬に自分
の馬を寄せて声をかけた。
「この霧はもうじきはれましょ
う。そうすれば地に横たわる兵の
遺骸がよく見れます」
「そっ、そうか」
「我らもいずれ遺骸になる身、観
念することが肝要です」
「そうじゃな」
「もうじき大御所様の本隊に追い
つくはずなのですが……」
 その時、前方にすでに布陣を始
めている家康の本隊が見えた。
 前の戦で家康の本隊は茶臼山に
布陣したが、この戦ではその手前
の平野、天王寺口に布陣の準備を
していたのだ。
 これを見た正成は顔面蒼白に
なった。その余裕が消えた正成に
気づいた忠昌が声をかけた。
「どうした正成」
「えっ、ああ何でもありません」
「嘘を申すな。心配事でもあるの
か」
「はっ、この大御所様の布陣はよ
ろしくありません。これでは桶狭
間になります」
「桶狭間」
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