【長編】戦(イクサ)林羅山篇
淀、秀頼の命日
 秀頼が治長と幸昌に声をかけ
た。
「これで今生の別れじゃ。皆には
何もしてやれなんだ。幸昌の父も
今頃、決死の戦いをしている。し
かし、わしや母上はその者らに謝
ることはせん。皆は天下の礎とな
るために死に、その魂はわしや母
上の中に生きているからじゃ。必
ずその魂を後世に引き継ぐ。これ
がわしに天から与えられた使命
じゃ。幸昌には納得できんかもし
れんが言うておきたかった」
「上様、ご心配なさらず。この幸
昌も武士の子。武士の役割が終
わったことは分かっております。
私も若年ながら武士の端くれとし
て死ねる栄誉に間に合ったことを
うれしく思います」
 治長が感心してたまらず幸昌に
声をかけた。
「よう言うた幸昌。それでこそ真
田信繁の子。いや一人前の武士
じゃ」
 秀頼は胸が熱くなった。
「これで生きていける。では、さ
らばじゃ」
 そう言うと秀頼は通路に入って
行った。その後に続き淀が通路に
向かった。
「治長殿、幸昌殿、今日、この日
が私たち母子の命日。そなたらは
いずれ極楽に昇り、私たちは地獄
に落ちる。二度と会えぬが皆のこ
とを思えば耐えられる。永遠に忘
れません。では行きます」
 治長が名残惜しそうに言った。
「淀様、お達者で。通路は埋め戻
しますから二度と戻れませぬぞ。
振り向いてはなりませぬぞ」
 淀は相槌を打って通路に消え
た。
 治長は頃合いをみて兵卒らを呼
び入れ、通路を埋め戻させた。
 秀頼と淀は狭い通路を抜け、坑
道にたどり着くと腰まで水が入っ
ていた。更に出口に向かい水の中
を潜って淀川に出た。そこに待っ
ていた小さな荷船の人夫たちに引
き上げられ、荷物にまぎれた。
 荷船は何事もなかったように海
に出て、大きな帆船に向かった。
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