【長編】戦(イクサ)林羅山篇
大坂城を後にする千
「それは詭弁じゃ。私は秀頼様と
添い遂げるつもりでいたのに」
「秀頼様も同じ気持ちにございま
した。だからこそ千の方様に恥を
さらしてでも生きてほしいと願っ
ておられるのです。天下を取った
豊臣家の奥方として、その気概を
後世に伝えてこそ秀頼様のお心に
そうのではないでしょうか」
「私は秀頼様なしでは生きていけ
ぬ。ただお側にいたいだけなの
に……」
「そうしてさしあげられなかった
のは我らの罪。申し訳なく思って
おります。今となっては死んでお
詫びするしかありません」
「そちには妻や子はおらんのか」
「おります。一緒に死ぬ覚悟でお
ります」
「それはうらやましい」
「あっ、いえ、申し訳ありませ
ん」
「そちも動揺することがあるの
じゃな。まあよい。言いたいこと
を言えば気が晴れました。これ以
上申してはわがままになるだけ。
そちの言うとおりにしましょう」
「はっ、恐れ入ります。もしでき
ましたら大御所様にほんの少しの
間、攻めるのを思いとどまってい
ただければ秀頼様が逃げ延びやす
くなります。それに山里曲輪の糒
庫には火薬が仕込んであります。
近づけば火を点けますので、くれ
ぐれも近づかないようにとお伝え
ください」
「分かりました。それはそうと、
子らも秀頼様と共にしたのです
か」
「いえ。お子は城外のよき場所に
残しておられます」
「そうでしたか。私が産んだ子で
はないが母子にかわりはない。ど
んなことをしてでも助けねば。こ
れで少しは生きていける」
「それは……。いや、よろしくお
願いいたします」
「では参りましょう」
 千が二の丸を出ると堀内氏久が
待っていた。
 治長は千が氏久に伴われて大坂
城を後にするのを礼をして見送っ
た。
< 117 / 259 >

この作品をシェア

pagetop