【長編】戦(イクサ)林羅山篇
家康、死去
 四月十一日
 家康は道春を病床に呼んだ。
「道春、そなたに任せておる書庫
の書物を尾張、紀伊に五、水戸に
三の割合で分配し、残りから貴重
な書物を選び、少し江戸に移して
ほしい」
「はっ」
「ところで群書治要の進み具合は
どうじゃ」
「はい、順調に作業は進んでおり
ますが、散逸した三巻は見つかり
ませんでした」
「そうか、まあよい。後のことは
頼んだぞ」
「はっ」
 道春は礼をしてさがった。
 四月十七日
 家康の容態が急変し死去。その
夜中、本多正純、土井利勝、天
海、崇伝などの限られた者だけで
葬送が行われ、密かに駿府の南東
にある久能山の霊廟に葬られた。
 道春は十九日に群書治要の版行
作業を中断し、久能山に登って拝
礼した。
 再開した群書治要の版行作業は
五月下旬に終り、それと並行して
家康の遺言のとおり、尾張の義
直、紀伊の頼宣、水戸の頼房に駿
河文庫の約千部九千八百冊にもお
よぶ膨大な書物を分配して、残り
から貴重な書物を選び江戸に送っ
た。
 終わった時にはすでに十一月に
なっていた。
 道春は一旦、京の自宅に戻っ
た。
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