【長編】戦(イクサ)林羅山篇
狩野探幽
 秀忠とお江与の間に末っ子とし
て生まれた和子は、後水尾天皇が
即位した慶長十七年(一六一二
年)にはすでに家康によって天皇
との結びつきを強めるための絆と
して入内の申し入れがおこなわ
れ、二年後の慶長十九年(一六一
四年)四月に入内を受け入れる宣
旨があった。しかし、その後に起
こった大坂の合戦や家康の死去に
より延期になっていた。
 秀忠は亡き家康の日光改葬にも
めどがついたため、徳川父子の念
願としていた和子の入内の準備を
始めた。
 武家の出である和子が持参する
嫁入り道具は公家をも超える豪華
な物にしなければならない。その
ため嫁入り道具を作る最高の匠を
江戸に呼び寄せた。絵師もこの時
の最大画派だった京の狩野派から
呼ぶことになり、江戸に来たのは
狩野探幽だった。
 探幽は十六歳とまだあどけなさ
が残っていたが、絵の才能は慶長
十七年(一六一二年)に駿府で家
康に対面して披露し、家康を驚嘆
させていた。
 秀忠には探幽の若さに不安が
あった。そこで試しに源氏物語の
絵巻を作らせることにした。
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