【長編】戦(イクサ)林羅山篇
自然とは残酷なもの
 座敷に座った藤原惺窩と道春
は、石川丈山の生い立ちやこれま
での生き様、道春に打ち明けた悩
みなどに深く聞き入った。
 惺窩が少し涙ぐみ、丈山をねぎ
らった。
「丈山殿、先の大坂の合戦は大変
であったのう」
「はい。生き地獄にございまし
た」
「しかしそれが人の本性。人は残
酷なことが苦もなくできる。いや
丈山殿のように悩みながら人を殺
しておるのかもしれん。儒学でも
その善悪を決めることはできませ
ん。なぜならそれが自然の中にあ
るからです。自然とは残酷なも
の。何もかもちゅうちょなく破壊
します。だが私たちはそこから恩
恵を得ているのも事実です。雨が
田畑に降れば稲や野菜を育て実り
をもたらしますが、人にとっては
なんぎなものです。ひとたび大雨
ともなればすべてをなんのためら
いもなく破壊し流し去ります。地
震や台風も人を区別なく殺すだけ
で無用に思われますが、自然の調
和を保つのには必要なのでしょ
う。それは武士とて同じことでは
ないでしょうか。領民の中には武
士を憎む者もおりましょうが、武
士を都合よく利用している者もお
ります。さしあたり私や道春もそ
れらの者と同じかもしれません
ね。しかし大御所様が大坂の合戦
により、武士が自らの手で武士の
世を終わらせ、今、秀忠様により
それを継承しようとなさっておら
れることは、ご立派としか言いよ
うがありません。丈山殿が大御所
様に誠の忠義を貫こうとされるの
であれば武士の力ではなく武士の
知恵で領民の暮らしを向上させる
仕事をされるのがよろしいのでは
ないでしょうか」
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