【長編】戦(イクサ)林羅山篇
天海の世
 家光は陽明門の前で立ち尽くし
た。
「聞きしに優る出来栄えだな。こ
れでこそ権現様の廟にふさわし
い」
 道春もその見事さに声を失って
いた。
「道春先生、道春先生」
「上様、大勢の前では道春とお呼
びください」
「分かった。道春、これがわが国
の匠たちの技。他国にも負けま
い」
「負けぬどころか、このような立
派なものは他国にはございません
でしょう」
「ご老体の天海が権現様のために
心血注いでいたそうだからな」
「そうでしょう、そうでしょう。
権現様と天海殿は一心同体のよう
なもの。いずれキリシタンが一掃
されれば天海殿の世となりましょ
う」
「それはどういうことですか」
「いや、これは失言でした。天下
が天海殿のものになるのではな
く、宗教が統一されると申し上げ
たかったのです」
「それでは天海殿の力が強くなり
過ぎるということですか」
「そうならないとも限りません。
これを見れば他の宗派は陰が薄く
なりましょう」
「しかし、いまさら止めろとは申
せん」
「止める必要はありません。上様
を惑わせることを申し上げ、大変
失礼いたしました。ただ、何事も
中庸を保たれることが肝要かと」
「そうだな。キリシタンのことも
ある。いや、ご忠告、ありがたく
お受けいたします」
「恐れ入ります」
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