【長編】戦(イクサ)林羅山篇
正成の死
 寛永五年(一六二八年)
 道春は家光の側にいることが多
くなり、二月の川越の巻狩りや四
月の家康十三回忌に日光社に参拝
するのにも同行した。
 八月のある日、道春のもとに青
ざめた顔をした稲葉正勝がやって
来た。
「正勝殿、お勤めに熱心なのは良
いことですが、少々お疲れのご様
子。お顔の色が変ですぞ。少しお
休みになられては」
「道春様、父上が身まかりまし
た」
「えっ」
「江戸に来ていた父上が、私に後
のことは頼むと言い残し、十七日
に逝きました」
「……」
「何かあれば道春様に教えを乞え
と」
「まだ早すぎる。わしはまだ恩を
返しておらんのに」
「道春様、どうか母上をお守りく
ださい。父上は最後まで母上のこ
とを気にかけておりました」
「分かりました。正勝殿、そなた
は強い。正成殿の分も共に励みま
しょうぞ」
「はい」
 正成の埋葬は天海が整備してい
た上野の東叡山に建てられた現竜
院と決まった。葬儀に現れた松平
忠昌は正成の突然の死に言葉もな
く、ただ涙がとめどなく流れてい
た。
 道春はこれを機に十六歳となっ
た長男、叔勝を江戸に呼び、自分
の後継者として側におくことにし
た。叔勝は一通りの儒学をすでに
学び、実務の経験をつむことに励
んだ。
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