【長編】戦(イクサ)林羅山篇
上に立つ者、仕える者
 道春が家光のもとに駆けつける
と力なくうなだれていた。
「上様……」
「あれには悪いことをした。私の
せいです。私が幼き頃から病弱
で、周りからは国松が後継者と思
われておりました。そのため国松
は将軍となるように育てられてい
たのです。それが、私が将軍に
なったことで、家臣として生きな
ければならない。国松はそのよう
なこと、思うてもみなかったで
しょう。人に従うということなど
国松には出来なかった。どれだけ
辛い思いをさせ、傷つけたか。申
し訳ないことをした」
「上様。辛いお気持ちはよく分か
ります。私もかつては上に立つ者
として多くの者を死に追いやりま
した。今、こうして人に仕える身
になり、その辛さ、苦しさがよう
分かります。しかし、だからと
いって後戻りなど出来ませぬ。ひ
とたび家臣となれば、主君に身命
を賭して仕えるのがさだめ。それ
を忠長殿に進言しなかった取り巻
きこそ責任は重大です」
「道春……」
「さあ、上様。今後はそのような
弱気な姿を家臣に見せてはなりま
せんぞ。忠長殿に報いるには天下
泰平を磐石なものにすることで
す」
 しばらくして家光は稲葉正勝の
報告を聞き、忠長の取り巻きの家
臣らを処罰するよう命じた。この
時、正勝の弟、正利はすでに忠長
の後を追って自害していた。
 正勝はその辛さをこらえて後始
末に奔走していたが、体調を崩し
血を吐いた。
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