【長編】戦(イクサ)林羅山篇
明の使者
 八月
 肥前、長崎に明の使者を名乗る
黄微蘭、陳必勝が書簡を持って
やって来た。その書簡はすぐに家
光に届けられ、それは明の鄭芝竜
からの援軍要請だった。
 鄭芝竜は以前、海賊だったが日
本に帰順して明と日本の貿易を仲
立ちしていた。
 明はすでに滅んでいたが、鄭芝
竜は皇帝と逃れ、まだ抵抗運動を
しているというのだ。
 家光は重臣を呼び、病の癒えた
道春も呼ばれた。何度か協議した
が結論が出ず、徳川御三家の紀
伊・頼宣、水戸・頼房も加わって
の協議となった。
 日本は大飢饉を乗り切って自信
をつけ、さらに復興を早めるた
め、この大義名分で明を再興させ
て属国にするいい機会と考えてい
た。しかし豊臣秀吉が朝鮮出兵を
失敗していることが慎重にさせて
いた。唯一、この時のことを知っ
ている道春は冷静に損益を話し
た。
「もし出兵して清に勝利し明の復
興がなれば、多大な利益になりま
しょう。しかしそうなるまでには
かなりの時を要します。敗北すれ
ば清だけでなく朝鮮とも交易は出
来なくなりましょう。出兵しなけ
れば清との友好を築き、交易が出
来るようになるかもしれません。
仮に清が攻めてくるとしてもそれ
までに防備を固めることは容易い
と思われます。出兵して得られる
利益は運任せ。出兵しなければそ
の利益はこちらの知恵任せとなり
ます。今は朝鮮との関係を保ち、
清がこの国に反感を抱かぬように
することが大事と思います」
 こうした協議の最中、鄭芝竜が
清に降伏したという知らせがあ
り、援軍の派遣は中止となった。
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