【長編】戦(イクサ)林羅山篇
木下長嘯子の死
 慶安二年(一六四九年)
 道春は隠居したといっても重要
な訴訟の裁断には立会い、それに
もとずく法度の施行にも加わっ
た。
 なに不自由なく落ち着いた生活
をしている中、六月に木下長嘯子
の死が知らされた。
 道春は長嘯子の風にたなびく草
のような生き方をうらやましく
思っていた。戦国乱世に武士であ
りながら力はなく、豊臣秀吉の縁
者として言うがままに戦に加わっ
た。しかし誰かに恨まれることも
なく、家康が天下を取ればあっさ
りと武士を辞め歌人となり、質素
な生活をしながら和歌や詩を作
り、大名や名立たる文人と交流し
て歌仙とまであだ名される一時代
を築いた。そのおかげで道春もこ
こまで生き延びられたと感謝して
いた。影響力のある存在になって
も最後まで偉ぶることはなく野に
あり潔く去っていった。
 道春は悲しみよりも清々しく感
じていた。
(今ごろ兄は好きだった福に恋の
歌でも作っておるのだろう)
 長嘯子が多く作った恋の歌は福
(春日局)に宛てたものだという
ことは道春にしか分からなかっ
た。
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