【長編】戦(イクサ)林羅山篇
後水尾上皇の出家
 数日後、道春は江戸城に呼ば
れ、酒井忠勝らと家光の追号につ
いて協議していた。そこに京都所
司代の板倉重宗から家光の埋葬が
行われた五月六日に後水尾上皇が
出家したという知らせが入った。
 世間の誰もが家光の死を悼んで
の出家と考えたが、後水尾上皇は
徳川家を良く思っていなかったこ
とからこれはありえない。
 忠勝は道春に意見を求めた。
「上皇は譲位なされた時も誰にも
お告げにならなかった。こたびも
周りの者は知らされておらぬとい
うことは不可解にございます。こ
れは幕府の言いなりにならぬとい
うだけではなく、混乱を見越して
の行いではないでしょうか」
「ではこの機に乗じて何か騒動が
起きるということでしょうか」
「そうかもしれません。その時に
自分はあずかり知らぬことにされ
るおつもりかもしれません」
「今、巷には改易などをうけ多く
の浪人が溢れ、治安が悪くなって
おります。これらの者が徒党を組
めば幕府はもちこたえられぬかも
しれません。早速、監視を強化い
たします」
「それが良いと思います」
 五月十七日に道春らは日光山、
輪王寺で贈官位の式を行い、家光
は大猷院となった。
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