【長編】戦(イクサ)林羅山篇
松平定政
 七月に入って道春は三河、刈谷
藩主で家康の異父弟、松平定勝の
子、定政に誘われて邸宅に出向い
た。そこには奏者番・増山正利、
大番頭・中根正成、大目付・宮城
和甫(まさより)、作事奉行・牧
野成常、町奉行・石谷貞清がい
た。
 定政は皆を一通りもてなして話
し始めた。
「各々方に申したいことがある。
わしは亡き上様に多大なる恩を受
けた。この後は家綱様に心を尽く
して仕えたいと思っておる。しか
し家綱様を補佐する者らを見るに
つけ、これでは遅かれ早かれ騒乱
となるであろうと察する。このこ
と補佐する者らに伝えてもらいた
い」
 そう言って用意していた封書を
差し出した。その封書は井伊直
孝、阿部忠秋宛になっていた。
 定政はすぐに長男、定知を連れ
て上野の東叡山、最教院に入り、
剃髪して出家。号を能登入道とし
て僧侶の姿で江戸市中に物乞いに
出た。
「松平能登入道に物給え、物給
え」
 それを聞いた者はすぐに三河、
刈谷藩主の松平定政だと分かり大
騒ぎとなった。
 すぐに幕府は定政を捕らえて狂
人扱いにして改易した。
 定政のこの行動は居場所を失っ
た浪人たちを刺激し幕府への不満
が一気に高まった。その中心と
なったのは由井正雪の軍学塾「張
孔堂」だった。
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