ハニートラップにご用心
「つ、土田さん、アメリカ、行っちゃうんですか」
しゃくり上げて言葉を詰まらせながら私がそう聞くと、土田さんは一瞬表情を固まらせた。
「どうしてそれを……」
バツの悪そうな引きつった笑顔を見せられて、悲しみの海の中にフツフツと怒りが沸きあがってくる。どうしてそんな顔をするんですか、やっぱり私に何も言わないで行くつもりだったんですか。
言いたいことや聞きたいことは山ほどあるのにどれも喉の奥に壁が出来たみたいに阻まれて、何一つ出てきやしない。
嫌だ、めんどくさい女だと思われたくないのに。
「……ごめんなさい」
しばらくの沈黙のあと、土田さんは重い口を開いたかと思えば、出てきたのは謝罪の言葉だった。何に対する謝罪の言葉なのかわからないし、土田さんもそれ以上の言葉を紡がない。
私はこの場にいたくなくなって、ちらりと壁に掛けられた時計を横目に見て時間を確認して、立ち上がった。
コートを乱暴に掴んで着れば、慌てて立ち上がった土田さんに右手を掴まれる。私は深呼吸をして、土田さんのおでこに自分の頭を勢いよくぶつけた。
掴まれた手が離れて、土田さんが足元でおでこを押さえてうずくまる。それを見下ろしながら、私は精一杯呼吸を整えて言い放った。
「日付けが変わるまでに、戻ります」
待って、という苦しそうな声に聞こえないふりをして、財布とスマートフォンを持って家を飛び出した。