ハニートラップにご用心
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「いや桜野、猪突猛進すぎだろ」
鼻や耳、指先を真っ赤に染めて白い息を吐く私を見つめて、柊さんは開口一番そう言った。
時刻は二十一時過ぎ。駅前通りの本屋に駆け込んで泣きながら書籍を漁っていたところ、通りかかった柊さんに声を掛けられた。
聞けば高校時代の友人との飲み会の帰りだったらしく、柊さんがいつもまとっている香水の香りと混ざって微かにアルコールの匂いがする。
私は溢れ出てくる涙を拭って、鼻水を啜り上げた。
「いいんです、最初から私は土田さんに釣り合わない女なんです」
「そんなことねえって。……ちょい待ち」
片っ端から英会話の本を掻き集めてレジに向かおうとする私のコートの裾を引っ掴んで、柊さんが引き止めた。
「え?何、桜野?英語習いたいの?」
「英会話を習得したいんですっ」
「なるほど」
手に取った本を抱きしめて必死に訴えると、柊さんは真面目な表情から一点、我慢できないといった顔で吹き出した。
「英会話なら尚更、本なんて読んでも意味ねーよ」
「ま、全く無駄ではないはずです」
知識としてある程度吸収していた方がいいはず、と思っていたのだけど、柊さんがまた笑い出したのでどうやら違うらしい。
……土田さんと同じくらいの偏差値の名門大学を卒業したらしい、この人が言うんだから、そうなんだろうな。
「その様子じゃあ、土田が海外に行くって聞いたんだ?」
私はここに至るまで何があったかなんて何も話していないのに、柊さんは的確にそう言い当てた。やっぱり、聞かされていなかったのは私だけだったんだ、と思いまた悲しくなる。