ハニートラップにご用心
柊に簡潔に了承の旨を書いたメッセージを送信する。送信完了の文字を確認したあと、ソファにスマートフォンを投げ捨てて、勢いに任せて腰を下ろした。
千春が帰ってくるまで気が気じゃなくて、いつも見ているお笑い番組の内容も頭に入って来ない。五分、十分と過ぎ行く時間を時計が刻むのを見ては少し遅くはないか、途中で事故や事件に巻き込まれているのではないかと考えたら頭がおかしくなりそうだった。
やっぱり探しに行こう、と腰を上げた時――玄関の扉が開く音がした。
「千春!」
らしくもなく大きな声で名前を呼んで玄関の廊下に飛び出せば、驚いたように目を丸くする愛しい人がそこに立っていた。
「た、ただいまです……」
気まずそうにそう言って俺を見上げる千春に、安心感を覚えて堪らず抱き寄せた。脱ぎかけていた彼女の靴が転がる。
扉が閉まる音を聞きながら、彼女の身体を更に強く抱きしめた。
「い、痛いです……土田さん……」
「ごめん」
腕の中で身動ぎをする彼女を、絶対に逃がさないと言わんばかりにもう一度抱きしめ直して、頭を撫でる。
「言い訳にしか聞こえないのはわかってる。でも、聞いて欲しい」
抱きしめたままそう言うと、腕の中の千春が微かに頷いたのを感じ取れた。
「タイミングがわからなかったのもあるし、断られたらって思って、ずっと切り出せなかった」
本当はこんな形で伝えるつもりなんかなかった。出来ることなら、もっとムードのある場所で、お互いに心を寄せ合っている時に伝えたかった。
チャンスはいくらでもあったのに、臆病な俺は、千春の口から拒絶の言葉を吐かれることを恐れて決心がつかなかった。