ハニートラップにご用心
「何か女性にトラウマがあるとか……?」
実は土田さんは女性恐怖症で、女性を寄せ付けないためにオネエとして生きている可能性もある――普段の会社での土田さんの様子を思い出して、私は目を細めた。
それはない。彼、普通に女性社員から『親しみやすいお姉ちゃんみたいな存在』と大好評だ。女性が苦手だと言うならいまいち理由にならない気がする。
「別にトラウマがあるとか、そんな重い理由なんてないわよ」
ほら、本人もこう言ってるし……本人?
すぐ近くから土田さんの声がして、そちらに弾かれるように振り向くと黒い瞳とかち合った。
「……つ、土田さん!?いつからそこに!?」
「夕飯できたから呼んだのにぜーんぜん気付かないんだもん」
昭和のドラマの母親のようにプラスチック製のお玉を持って頬を膨らませる土田さん。彼の纏っているチョコレート色の生地に、はちみつのビンを持っているクマのイラストがプリントされたエプロンが揺れる。
私は慌ててパソコンの画面の前に腕を広げて彼から隠すようにして、ごまかすように口角を上げた。けれど土田さんは難しい顔をしてお玉の取っ手を離しては握り、とまるで意味の無い仕草を繰り返す。
土田さんは何か言うわけでもない。睨みつけてくるわけでもない。ただじっと、私を真っ直ぐに見つめている。その行動がやけに責め立てられているように感じられ、私の焦燥感を掻き立てる。
下りてきた沈黙に耐えきれずに――私は口を開いた。
「み、見ました……?」
私が恐る恐る見上げながらそう聞くと、土田さんはきょとん目を丸くして首を傾げた。
状況を理解していなさそうな様子の彼に、ほっと胸を撫で下ろす。
土田さんはすぐに口を開かずに慈悲深い聖母のような表情のままで、持っているお玉を自分の頬の横まで持ち上げた。私がそれを反射的に視線で追うと、ふりふりと可愛らしい動作で横に振った。