ハニートラップにご用心

「ああ、これ、この間プレゼンに回った新製品ね。それなら多めに製作してる可能性があるから、工場に在庫があるか電話で確認してくれる?取引先にはアタシから連絡するわ」

「は、はい!」


土田さんに指示を促され、仕事用にと支給されたスマートフォンで発注書に記載された会社の電話番号を入力して、通話の文字をタップした。

土田さんが至って冷静だから、私も何だか落ち着いてきてきちんと工場の担当者に話を通すことができた。彼の次の指示を受けるために工場との電話を一度切り、折り返し連絡することになった。

静かになったスマートフォンを膝の上に置いて、彼と取引先との電話が終わるのをじっと待つ。


「はい、ありがとうございます。本当に申し訳ございません」


電話越しに頭を下げる土田さん。
彼がどうだった、と言いたげに視線をこちらに向けたので右手で丸を作って在庫があることを告げる。

ハラハラとしながら見守っていると、何度か言葉を交わし、しばらくの沈黙のあとに通話を切ったようだった。


「なんとかなりそうよ」

「す、すみません……」


謝罪の言葉以外の何も思い付かず、涙をこらえながら頭を下げると大きな手のひらが優しく頭を撫でた。


「大したことじゃないわ」


土田さんはそう言うけど、せっかく新規で契約を取ることができた取引先。
昔からの付き合いであれば大抵のミスは笑い話で終わらせてもらえるが、新規となると話は別だ。これからの信頼に関わってくる。


「柊、いいところに来たわね」

「うん?」


悶々と考え込む私を他所に、土田さんはコーヒーを片手にオフィスに戻ってきた同期の柊さんを見つけて手招きをした。


「アナタ、大型免許持ってたわよね?」

「え、ああ……。もうだいぶ大型車は乗ってねえけどな」


突然話に巻き込まれた柊さんは明らかに動揺を隠せないで困惑の表情を浮かべている。私も土田さんの言動の意図がわからずに同じ顔をしているだろう。




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