ハニートラップにご用心
「どうしてですか……?」
「本当にごめんなさいね。男連中が若い子がいないと行く気にならないって駄々こねるものだから」
そう言って真っ赤な唇を三日月のように歪めた彼女は、もう私の話は耳に入らないとでも言うように料理を運んできた店員にはしゃぎながらお礼を言っている。
それに倣うようにして女性陣は皿を手にして嫌いなものはないか、好きなものはと男性陣と言葉を交わしながら料理を取り分けていく。
私はそんな様子を眺めながら、冷たいウーロン茶の入ったグラスに口をつけた。
「ご飯も取り分けたし、とりあえず食べる前に自己紹介をしましょうか!」
隣にいる先輩に負けず劣らず派手な化粧の女性が高い声でこの催しの開会式を始める。
誰だっけ、この人……。
同じ部署で同じオフィスなんだろうけど、普段仕事の時は皆ナチュラルメイクを義務付けられている。そのため、こんなに化粧が濃ければ毎日すれ違う程度の知り合いなら誰かわかるはずもない。
「で、この子は桜野千春ちゃん。この中では一番若い子よ」
いつの間にか自己紹介は最後の私の番へと回ってきていたらしく、隣の先輩に軽く肩を叩かれた。その場にいる全員の視線が私に集中して、私はうっと息を飲んだ。
何か一言言えとの無言の圧力に、私は舌の根が乾くのを感じながら、なんとか口を開いた。
「え、営業事務の……桜野、千春です。この春、入社しました」
しどろもどろに言って、頭を下げると拍手が返ってくる。私はできるだけ目立ちたくなくて、皆の視線が自分から逸れた瞬間壁と一体化するように隅に寄った。
白いブラウスにグレーのカーディガン。デニムのパンツスタイルと、ローヒールのパンプス。申し訳程度に塗られたファンデーションとリップ。
完全にオフィスカジュアルの私は、まるで夜の蝶のように着飾った彼女達と並んでいたらそれは惨めであろう。
――否。本当は、こんな風にしか思えない自分の心が一番、惨めだ。
彼女達は男性を喜ばせるための精一杯の努力をしただけ。私を呼んだのだって、その一環。彼女達がアンティークなデザインの時計なら、私はそれを動かす歯車の一つなんだ。社会人になったって何も変わっていない。
こんな風に理由をつけて自分が可哀想だと思おうとするから、私はいつまでも女子生徒Aで、村娘Aで、女性社員Aでしかないんだ。