ハニートラップにご用心
「……あら、おかえりなさい」
数拍置いて、掠れた声が返ってくる。
振り向いた顔は、酷く疲れ切っているようで私は一瞬怯んでしまった。
「ごめんなさい、まだ夕飯の支度ができてないの」
基本的に家事は交代制となっていて、今日の夕飯の担当は土田さんだった。
そんな疲れた様子で夕飯ができてないと言われても怒ったりするわけがないのに、彼は申し訳なさそうに、そしてどこか泣きそうな顔で謝罪の言葉を述べた。
「あ、いいえ……。今日は私がやるので、土田さんはゆっくりしてください」
そう言う他なくて、私は苦笑を返した。
自室にと与えられた部屋に荷物を置いて、コートをかけてリビングに戻る。
土田さんの座るソファを横切りキッチンに向かおうとして、伸びてきた長い腕に手首を掴まれた。
「……土田さん?」
私が告白まがいのことをして、彼に振られてからも関係は一切変わらない。
不思議と気まずさもなく、普通に接していた――異常なほどに、いつも通りに過ごしていたのだ。
「自分勝手だって、ビンタしても構わないわ」
「一体、何……」
何を言ってるんですか、と言いかけて、視界が揺らいだ。
突然腕を引っ張られてソファの方に倒れ込む――つまり、土田さんの方に飛び込む形となった。
彼にまたがるような姿勢になってしまって、慌てて彼から離れようとするけど、逃がさないと言わんばかりに背中に両手を回されて引き寄せられた。