ハニートラップにご用心

「そんなこと、思ってない……!」


女の私の力で殴られたって大したダメージもないだろうに、その証拠に土田さんの身体は何度叩いてもビクともしない。それなのに、どうしてそんなに傷ついた顔をするんだ。

次第に彼を叩く手が痺れてきて、力が抜ける。彼の驚いた顔が滲んできて、そこでようやく自分が大粒の涙を零していることに気が付いて、私は乱雑な動作で目を擦る。

意を決して息を大きく吸う。ソファのそばに放り出していた自分のカバンを引っ掴んで、中に手を突っ込んでお目当てのものを探し当てた。


「これを買いに行っただけです」


先ほど購入してラッピングしてもらったばかりの正方形の小さな箱を土田さんに押し付けるように差し出せば、彼は困惑したような顔で手のひらを出した。

私は無理矢理それを握らせるようにして、また流れてくる涙を拭いながら鼻をすすった。


「土田さんが来週誕生日だって、教えてもらって。男の人に贈るプレゼントなんてわかんないから柊さんに付き合ってもらうことにしたんです」

「千春ちゃん……」

「でも……そうですね、結果的に恋人のような振る舞いをしてしまったのは事実です。そこまで考えが至らなかったのは、私がバカだからです。すみません」


雰囲気に流されてほぼ初対面の人に身体を委ねようとしたことも、土田さんのことを好きだと言っておきながら他の男の人と二人きりで出掛けたり。

土田さんが疑いたくなる気持ちもわかる。むしろ疑わない人の方がいないだろう。土田さんは悪くない、そうわかっていても八つ当たりのように流れてくる涙を止めることができない。

もう自分で涙を拭う気力もなくて、俯いて泣いていると土田さんの手が伸びてきて、涙で濡れた私の頬を撫でた。


「……最低だわ、アタシ。好きな女の子を疑って、最低なこと言って、泣かせるなんて」


そう言って、土田さんは大きなため息をついてガックリと肩を落とした。


「ごめんなさい。謝って許されるとは思ってないけど、あなたにたくさん酷いことをした。本当にごめんなさい……!」


縋るような声が聞こえて、顔を上げる前に抱き寄せられた。

土田さんの素肌と私の頬が触れ合って、どちらのかわからない脈動に心地良さを覚えて目を閉じた。


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