ハニートラップにご用心
「……何でこっち来るんですか!?」
「千春ちゃんが遠いところにいるからでしょ」
気が付いた時には私と彼の間にほとんど距離はない。あまりの近さに驚いてソファからひっくり返って落ちそうになると、土田さんに腕を掴まれてソファに引き戻された。
土田さんの下ろしての衣服の柔軟剤の香りと、シャワーを浴びたばかりで強く香りを発するシャンプーの香りとで頭がクラクラする。
心臓が痛いほどに高鳴って体内で血液が沸騰してるんじゃないかってくらい、体温が上がっていく。
「なんて顔をしてるのよ」
火照る頬を土田さんの両手で挟まれる。そんなに酷い顔をしているかと内心焦っていると、土田さんの顔が近付いてきた。
キスするんだ、とわかっていても身体が強ばってしまう。こういう時は目を閉じるように土田さんに教えられたけど、教えを守れたことはない。といっても、片手で数えられるくらいしかキスしたことないけど。
唇同士が軽く吸い付くように触れ合って、離れた。至近距離で目が合って、どちらからともなく額を寄せ合ってクスリと笑う。
土田さんは雰囲気を作るのが上手い。仕事の場でもプレゼンをすれば自然と流れを自分の方に持っていくし、営業をすれば聞くものを必ず頷かせる。人の心に滑り込むことも握把することも当然のようにやってのける。
誰かが噂していたけど、土田さんは心理学や帝王学を習得しているんだとか。前者はともかく、後者についてはどこで習うんだろう……。
「考え事?」
意識が完全に別のところに行っていたらしい私は、土田さんの声で現実へと引き戻された。
「す、すみません。土田さんのことを考えていて……」
正直に言って謝れば、一瞬土田さんの表情が固まった。私はまた無意識のうちに失礼なことを言ってしまったかと焦って弁解しようと彼の肩を掴んだ。
あの、と声を発したのと同時に視界がぐるっと回転して、気が付いた時には土田さんの整った顔と天井を見上げていた。