たった一度のモテ期なら。
富樫課長はあれ以来、何かと気安く構ってくるようになった。一緒にご飯を食べて私も前より印象が良くなったけれど、逆に社内女性の視線が気になって緊張する。

「影森さん、例の件のメール来てるから見てよ」

呼ばれて課長席のPCを覗き込んでから、一斉メールで送られて来ていることに気づいた。

「これ、たぶん私宛にも来てるので確認しておきます」

「そう? 今日空いてたらご飯行かない?」

急に声を落とすように囁かれ、また意味なく遊ばれてるとやっとわかる。

「おかしいなあ。隙があるようで堅いんだよなあ。そこが可愛いけど」

顔をしかめた私に笑いながら続ける富樫課長は、これがセクハラパワハラ案件で人事行きになりかねない誘いだとわかっているんだろうか。

イケメンってそういう苦労しないのかもしれないなぁ。

何を言っても墓穴だろうとため息だけ返して席を離れた時、やっぱり営業にいる女性たちの視線を感じた。

話は聞こえてないとしても、親しげに何やってんのよって思われてるんだよね。

こういう女性の敵意って慣れてないから怖くて、そそくさと営業フロアを後にする。

綾香なんてしょっちゅうなんだろうなぁ。モテなんて、私には向いてないよって廊下の天井を仰いだ。

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