君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
* * *


そして今、澪音は私の首に歯を立てて「行くな」と言っている。その様子は野生の獣のようでもあり、駄々っ子のようでもある。


「っ……の、首に跡が残ると……っ、私も色々と困るんです……」


「困るといい。目立つ痕があれば、その男にも会いづらくなるだろ」


耳元で囁くように意地悪を言った後で、首筋を吸い上げる。


澪音は今まで一度も私の体にキスマークを残したことはなかった。それは、ダンスをする私を気遣ってくれているからで……。


澪音は時々強引な態度になることはあっても、私が本当に困るようなことは絶対にしない。だから今も、痕が残るような強さではなくて、甘噛みのような感触がくすぐったくて身を捩る。


「杉崎さ……っんに会いづらいだけじゃなくて、……ん、

バイトにも支障がありますからっ」


「その男の名を、口にするな」


向き直った澪音は、思っていたよりずっと苦しそうな顔をしていた。私だって澪音を悲しませたり、苦しませたりしたいわけじゃないけど……


「聞いてください。私は踊ること以外なんにもできないんです。他に取り柄なんて無くて。ダンスだって大したことはないですけど……

でも、ダンスの仕事まで中途半端に放り投げたら、私の全部が中途半端になってしまいそうで嫌なんです。」


「他に取り柄が無いと思ってるのは柚葉だけだ。柚葉が知らないだけ」


「いいえ。澪音のように何でもできる人とは違います。

だから、すぎさ……あの人のレッスンも、あと一回で踊れるようになると思うので、行かせてくれませんか?」
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