君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
子どもを叱るように言い含められる。


オーナーは結婚していて、奥様ひとすじの真面目で理想的な旦那様なのだ。厨房に立つから結婚指輪はしていないものの、コックコートの下にはチェーンに通した指輪が揺れている。


オーナーはキリッとしたイケメンで、しかも落ち着いた大人の雰囲気があって凄くモテる。クロスカフェの女性店員が私しかいないのは、みんなオーナーを好きになって辞めてしまうからという笑えない逸話まである。


「オーナーみたいな人と恋愛するのが私の理想なんですけどね……」


「そんなことより、不倫はやめときなね。

もし有坂さんが俺の娘なら、その相手と二人並べて説教するところだよ」


「娘って……そんな年齢差じゃないでしょ。

大丈夫、不倫してませんしこれからもしません。」



そんな話をした日に限って、深夜に澪音が店にやってきた。


これまでと同じように、一言も言葉を発しないまま。

穏やかに微笑んでピアノを弾く姿は、非現実の美しい世界から抜け出して来たかのようだ。


今日はお客さんのリクエストを受けて、大ヒットしたドラマの主題歌をジャズ風にアレンジして弾いている。


曲のお礼に店のスパークリングワインを奢られて、澪音は軽く会釈していた。


澪音が誰かに奢られるなんて、変な感じだ……。本人の素性を知ったら、奢った人はびっくりするだろうな。


「彼にペリエを持っていってくれる?」


いつも通りにオーナーに言われてグラスを運ぶ。


トレイを置いた瞬間に、演奏中の澪音が私を見た。大きなアーモンド型の瞳が私を責めるように見つめ、視線は離れた。
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