君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「さっき弾いてた月の光を……とても素敵だったから」


そう言うと彼は一瞬だけ少し寂しそうな顔になり、でもその表情はすぐに消えた。


「またピアノ弾かせてー」とオーナーに声をかけるので、私は暗くなった店内のピアノ付近にだけ照明を点けた。


「これ、子供も弾くようなポピュラーな曲だけど、実際は人妻への恋を歌った苦しい愛の唄なんだよな」


彼が奏でる旋律に乗せて、手を高く掲げて指先を伸ばす。届かない月の光に手を伸ばすようなイメージで小さく跳んでそのままターン。背中を弓のように反らして祈りのポーズをとり、高く開脚ジャンプ……しようとして思い止まった。


「止めてしまうの? 綺麗なのに」


「すみません。お店の制服のまま、このスペースで踊るのはさすがに無理があるみたいです」


短い時間だったけど、踊っている間は彼の旋律が全身に流れ込んでくるようで、何にも勝る喜びだった。


「自分のピアノで踊ってるのを見るのは不思議な気分だな。

思っていた通り、君のダンスは綺麗だ。もっと見ていたかった」


容姿を誉められるよりずっと嬉しい言葉を私にくれた。


『君のダンスは綺麗だ』


ダンスに魅せられた私には、これ以上の誉め言葉は無い。


「一生分の幸せを今使っちゃったかも……」


「何でそんなに謙虚なんだ? もっと強欲になれよ」


と笑った彼は、私をじっと見ると


「君の雰囲気は月の光とは少し違うかもな……」


と、別の曲を弾き始めた。柔らかくて透明感のある、しっとりとしたスローワルツ。


「何て言う曲なんですか?」


「曲って言うほどでもないよ。何となく君っぽいフレーズはこんな感じだと思うんだ」
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