君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
自分を殴った父親にまで気を使って、執事の人に連絡するのを拒むなんて。


「そんなに優しすぎると、損するばかりですよ」


「損はしてないよ。

怪我のお陰で柚葉が心配してくれるから、却って儲けものだ」


澪音は、頬を冷やしていた私の手の甲に唇をつけた。いとおしそうに目を瞑る仕草に息がつまる。


「それじゃ冷やせませんよ……。

殴られるほどお父様に怒られるなんて、一体どんなことをしてきたんですか?」


「少し我を通しただけだ。

言いなりだと思っていた俺がしつこく反抗するから、父も驚いたんだろうな」


「我を通したって、婚約のことですか?

こんなになってまで、澪音はかぐや姫の恋愛を守ろうとしてるんですか?」


「かぐや姫って、かぐやの渾名?」


澪音はクスクスと笑った。


「いつか月に帰っちゃいそうな、神秘的な雰囲気の人だし……」


「見た目だけなら確かにそんな感じだけど、実際はえらく怖い人だよ。

いかにも実業家の娘って感じで胆も座ってる」


嬉しそうにかぐや姫のことを話す澪音。優しく細められる目を見ると、心が抉られるような気がする。


「婚約破棄については、確かにかぐやと兄さんの事もあるけど、今はもっと大きな目的のために動いてる。

婚約にしても、ビジネスのことにしても父の傀儡は御免だからね。」


伏し目がちに語る澪音は、昼間見たときと同じように遠い世界の存在に見えた。でも、そう思った途端に優しい眼差しが私の方に向けられて、


「柚葉の手、冷たくなってる。そのタオル持ってたせいか」


私の手からタオルを取りあげた澪音は、


「その手で、冷やして」


と左頬を向けた。色の白い肌がまだ痛々しく赤くなっている。


「それはちょっと恥ずかしいんですけど……」


「お願い。怪我に免じて少し甘えさせてよ」


そう言われると断れるはずもなく、手のひらをそっと頬に沿わせる。熱をもっているのか頬は少し熱い。
< 63 / 220 >

この作品をシェア

pagetop