イノセント
私は部屋の中に入る。
座っていたAbelは立ち上がり、私の前に立った。
殴られる、本能的にそう思ったが 避けようとは思わなかった。
予想通り 顔面にAbelの拳が入る。
フラついたものの 転けはしなかった。
「……相変わらず、強いな Abelは。
羨ましいよ、私にはそんな力 ないからね。」
本心からの声。
だが、Abelは気に入らないらしい。
私の胸倉を掴み、何度もなんども 顔を重点的に殴った。
勿論、痛い。
Abelは格闘技に長けていて、全国大会優勝の腕前だ。
歯は折れそうだし、鼻血は出ているし……。
「兄さんの顔を見ていると、反吐が出る。」
「……出来の悪い兄ですまない。」
床に倒れこんでいる私を 睨みつけるAbel。
「兄さんの顔が憎い。」
「……整形でもしないと、変わらないね。」
昔はこの国イチの美男、なんて言われて よく騒がれていた。
確か、世界五大美形にも数えられていた。
今ではもう、ただのどこにでもいる顔の男だが。
「どうして避けようとしない?」
拳を振りかざすのを辞め、代わりに 私の胸ぐらを掴んだ。
……避けたところで、Abelの怒りは募るだけ。
そして、Abelは気が済むまで 殴り掛かってくるに違いない。
どうせ いつかは当たってしまうだろう。
それなら 初めから 無抵抗である方がいいだろう、といった勝手な考え。
「うーん……、今朝方までは逆らうことが許されていなかったからね。
それの所為かな?」
Abelの神経を逆撫でるだけだろうから 本当のことは言わない。
「胡散臭い言い訳だ。」
「Abelがそう感じるのなら このことは言い訳なのかもしれないね。」
「腹の立つ言い様だ、元奴隷が。」
Abelは少し眼を見開いてから 嫌なものを見るかのような軽蔑の目を私に向けた。
「何故笑っている?」
Abelに言われて初めて気がついた。
確かに、私の口角は吊り上っていた。
「さぁ⁇よく分からないよ。」
Abelは私の瞳をじっと見つめた後、 "そうか" と小さく呟いた。

